債権法改正⑧  その他の改正

弁護士 山口 正貴  
 


1 はじめに

 さて、ここまで続いてきた民法(債権関係)改正に関する記事も第8回目になりました。
 債権法改正に関する目玉となるようなトピックは大方解説し終えたと思います。
 そこで今回は、これまで触れられなかったその他の改正について、特にトピックを限定せず横断的に解説していこうと思います。


2 改正内容

(1) 意思能力に関する規定の新設

  私たちが、ある合意をし、それに基づいて法的な義務や権利が生じる根拠は、そのような法的義務や権利の発生を理解し、それを欲するからです。そのため、人が契約等の法律行為をなすためには、行為の結果を判断するに足るだけの精神能力などといわれる、意思能力が必要です。意思能力が欠けた状態で、ある契約等をした場合には、その契約等は無効とされています。
 これまでは、このことは当たり前のことであるとして、特に明文で意思無能力者の法律行為の効果(無効)に関する規定は定められていませんでしたが、改正法では、無効となる旨が明文で規定されます(改正法第3条の2)。近年、判断能力の低下した高齢者等が不当な取引の被害に遭うことが増加してきたのを受けて、改めて注意喚起するということだと思います。
 余談になりますが、この意思能力の有無は判断がとても難しく、しばしば法的紛争の原因となります。例えば、認知症の進んだ資産家が、亡くなる直前に、不可解な売買をしたり、遺言を残したりした等の場合です。本人が亡くなったあとに、遡って取引当時の意思能力の状態を調査するのはとても大変です。そのような事態をある程度防ぐためには、成年後見制度を利用したり、公正証書遺言を作成したりすることが重要になります(公正証書遺言が無効となるのは稀なケースです。)。

(2) 債務引受けの明文化

  前回の記事で、福原弁護士が債権譲渡について解説をしましたが、債務引受けとは、その債権譲渡の逆をすることです。すなわち、自分の持っている債務をその同一性を保ったまま他人に移転することを債務引受けといいます。債務引受けのうち、債務者と引受人がともに債務を負う状態とするものを併存的債務引受け、引受人のみが債務を負って債務者の債務を消滅させる(いわば債務を譲渡してしまう)ことを免責的債務引受けといいます。
 現行法では、債務引受けは明文にないものの、人的な担保手段等として実務上よく利用されてきました。そこで、改正法では、この債務引受けを明文化し、①債権者と引受人が合意したとき(併存的債務引受けについて改正法470条2項、免責的債務引受けについて改正法472条2項)、②債務者と引受人との合意を債権者が承諾したとき(併存的債務引受けについて改正法470条3項、免責的債務引受けについて改正法472条3項)に債務引受けが成立するとされています。

(3) 預金口座への振込みによる弁済の規定の新設

 「AはBに対し、金○○万円を、B指定の下記銀行口座に振込む方法で支払う。」といった取り決めをよくするように、あるまとまった金銭債務を履行する(弁済する)際に、現金を直接相手に持参するのではなく、債権者の指定する銀行口座に振込んで支払う方法を用いるのが通常です。
 もっとも、この目に見えない形での弁済に関する明文規定はなく、銀行口座に送金することがそもそも弁済と言えるのか、弁済に該当するとして、どのタイミングで債務が消滅するのかなどがはっきりしていませんでした。
 そこで、改正法では、当事者間の合意がある場合には銀行の預金口座への振込みが弁済に該当することを前提に、債権者がその預貯金口座に係る金額の払戻しを請求する権利を取得したときにその効力が生ずるとしました(改正法477条)。もっとも、「払戻しを請求する権利を取得したとき」が具体的にいつなのかについては、規定が見送られました。入金記録時とする案も出たのですが、銀行員が過誤を起こしたときに、弁済の効果が発生しないとするのは債務者にとって酷ではないかという指摘や、金融機関によって入金記帳のタイミングが異なるとの指摘があり、結局は解釈に委ねられることになりました。

(4) 不法行為者からの相殺も一部可能に 

  お金を貸したけど、返せないという相手に対し、「そうかならば一発殴ってチャラにしてやる」、というのは昔のドラマなどであったような展開です。この場面を法的に分析すると、債権者が債務者を殴ることによって、殴られた人(債務者)に対して、「殴った人(債権者)に対する、不法行為に基づいて治療費や慰謝料相当額を請求する権利」を取得させ、もともとのお金を返す義務と相殺してチャラにすることを目的とした行為であるといえます。
 しかし、このようなことを認めると、債務者の窮状につけこんだ不法行為を誘発しかねません。また、被害者に現実の金銭を与えて被害を回復させる(治療を受けさせるなど。)ために、不法行為による損賠賠償債務と自らの有する債務との相殺は禁止されていました(現行法509条)。
 しかし、不法行為に基づく損害賠償債務との相殺を禁止しても、過失の不法行為(例えば不注意による交通事故)までは防止できません。また、金銭を確実に被害者に給付するという観点は、人の生命身体以外の権利侵害に関する不法行為の場合にはその必要性は必ずしも高くはありません。
 そこで、改正法では、不法行為に基づく損害賠償債務との相殺も可能としつつ、悪意(単なる故意を超えた積極的害意を指すとされています。)による不法行為や、人の生命身体を侵害することを原因とする損害賠償請求権(不法行為のみならず債務不履行に基づく損害賠償請求権を含むとしています。したがって、病院の診療契約の不履行(医療過誤)の場合や工事現場における管理者の安全配慮義務違反などの場合にも相殺が禁止されることになります。)との相殺のみを例外的に禁止するという構造にしました(改正法509条)。

(5) 原始的に不能な契約も有効に

 ある別荘を売る契約をしたが、実はその前日にその別荘に火事が起こって別荘が完全に焼失しており、その事実に気づかないまま売買契約書を交わした場合、その売買契約はどのような扱いになるのでしょうか。
 現行法では、このようなもともと不可能な契約はそもそも契約が不成立であると解釈され、あとは、相手の期待を害したことに故意過失があれば、契約締結上の過失の問題として、契約が成立すると信頼して支出した金銭(信頼利益といいます。)の賠償が認められますが、例えばその別荘はすぐに第三者に転売する計画が進んでいて、一儲けできそうだったというような場合のその転売利益分(履行利益といいます。)の賠償請求は原則としてできませんでした。
 しかし改正法では、契約成立時に別荘が存在していたかどうかにかかわりなく、要するに売主が買主に別荘を引き渡せなくなったことには変わりないとして、契約は有効に成立することを前提として、あとは債務不履行の問題とすることにし(改正法412条の2第2項)、債務者に故意過失があれば履行利益分の損害賠償も請求しうることになりました。

(6) 隔地者間の承諾の意思表示が発信主義から到達主義へ

 契約は申込みと承諾という2つの意思表示が合致することによって成立します。では、承諾の意思表示はいつ有効なものとされるのでしょうか、その結果として、いつ契約は成立するのでしょうか。
 現行法526条1項では、隔地者間の取引において、承諾の意思表示は発信時に成立するとされていました(発信主義)。したがって、例えば売主が買主に手紙を郵送して承諾の意思表示をする場合、売主が売買に承諾するかどうか買主としてはよくわからないうちに契約が成立していたという現象が起きていました。これは、かつては隔地者間でのやりとりに時間がかかり、かつ相手に到達するかどうかも不確実なことが多かったところ、不測の通知の延着等により、いつまでたっても契約が成立せず、その結果として不利益を被るということがないようにという配慮からのものでした。
 しかし、現代では、たとえばメール等で、一瞬で世界中のどこにでも意思をほとんど確実に表示できるようになりました。そのため、承諾の意思表示に関して発信主義を守る必要性はもはやないとされた結果、現行法526条1項は削除され、原則どおり承諾の意思が相手方に到達したときに効力が生じることになりました(到達主義。97条1項。)。

(7) 解除に際して相手の帰責事由が不要に

 現行法では、契約について相手に不履行があったとしても、ただちに解除はできず、その不履行について相手方に故意又は過失が必要とされています(現行法543条)。このような制度となった根底には、契約の解除が、債務の履行をしない相手への制裁を与える手段として捉えられていたことがあります。
 しかし、近年では、契約の解除は、相手への制裁というよりも、履行を受けられない場合にその契約の拘束から早期に当事者を解放してあげるという趣旨に捉えられるようになってきました。そこで、改正法では、相手方に一定の債務の不履行があれば、その帰責性の有無にかかわらず、契約の解除ができることになりました(改正法543条)。
 この改正により、履行不能ではなく、履行遅滞の場面においても相手の故意や過失なく解除ができることになりましたが、その際にはその不履行が軽微でないという要件が付加されることに注意する必要があります(改正法541条但書)。不履行の程度が軽微な場合には損害賠償によって解決すべきことになります。

(8) 危険負担制度が「債務の消滅」から「履行の拒絶」へ

 (5)で、契約前の時点でその契約が不能だった場合でも、解釈が変更されて、契約の効力はある旨説明しました。では、契約後に、債務者の落ち度なく、契約の目的物がなくなってしまった場合の法律関係はどうなるのでしょうか。これが危険負担の問題です。
 現行法では、お互いに義務が生じ合う契約(双務契約といいます。)において、ある一方の債務の履行が落ち度なく不可能になった際、①特定物に関する物権の設定または移転を目的とする場合(現行法534条)や、②債権者の落ち度で債務が履行できなくなった場合(現行法536条2項)には反対の債務が消えずに存続するとされていました。しかし、①の場合に反対債務が消えないのは酷ではないかとの指摘がありました(例えば、明文どおりに解釈すると、別荘の売買において、契約後かつ引渡し前に別荘が滅失した場合、別荘が手に入らないのにお金だけ支払うはめになってしまいます。なお、このような事態を防ぐために実務では現行法534条の適用を制限的に解釈し、目的物が相手方に引き渡されるまでの間に滅失した場合には、現行法534条は適用されないといった取り決めをするのが一般的です。)
 そこで、さきほど挙げた①の場合にあたる現行法534条は削除されることになりました。
 さらに、(7)で述べたように、契約の解除に相手の落ち度が不要となることに伴い、現行法における危険負担制度と、改正法における解除の効果が競合することになりました(例えば、別荘の売買契約後、引渡し前にその別荘が第三者の放火により焼失した場合、買主は売主の落ち度は関係なく解除できるはずですし、現在の一般的な534条の解釈からすると、特段の意思表示なく当然に反対債権(代金の支払い義務)が危険負担制度によって消えることにもなりそうです。)。そこで、改正法は、危険負担の問題は、反対債務が消えるかどうかではなく、履行拒絶権とすることとし、反対債務を確定的に消すためには、解除の意思表示が必要であるとすることで、この問題を解決することとしました。


3 おわりに

 その他の改正に関する解説は以上です。
 これまで8回にわたって続けてきた民法(債権関係)改正の解説は今回で終わりとしたいと思います。これまで8回分で解説しきれなかった部分もございますが、それはまたいつかの機会ということにさせてください。
 次回からは、民法親族法の改正を数回にわたって解説していく予定です。民法親族法の改正は民法債権法の改正よりも後の平成30年7月6日に成立した法律ですが、実はものによっては年明けすぐから施行されるものもあります。
 家族関係、相続関係は私たちが必ず遭遇する問題ですので、この機会に十分に理解を深めておくことが重要です。
 次回からの連載もご覧いただければと思います。


4 参考文献

 ・ 民法(債権関係)改正法の概要 潮見佳男著(金融財政事情研究会、2017年)
 ・ 債権法改正 まるごとひとつかみ 藤井幹晴著(新日本法規出版、2017年)




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